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  投稿者 ‘shinjou’ のアーカイブ

2018年9月7日(金曜日)

北海道で震度7

昨日の未明、私はすでに起床していましたが、急に鳴った携帯のメール受信音にドキッとさせられました。

そもそも、未明のメールに良い知らせがあるはずがなく、嫌な予感がしてメールを開くと、「北海道で震度6強」という文字が目に飛び込んできました。(震度は午後になって最大7と訂正されましたね)

 

メールはYahoo!の防災速報からで、私はただ事ではないと思い、すぐにTVのスイッチを入れましたが、早朝のため各局とも被害の把握ができず、同じ場面が繰り返されるばかりでした。

その後、時間が経つとともに被害の大きさが報道されていました。

 

我が家では北海道に知り合いが数人います。

その方たちの安否が気になっていましたが、お昼過ぎに無事だとわかり安堵しました。

 

TVでも時間が経つにつれて被害の広がりが報道され、その甚大さに心が痛む思いです。

私は何かあると屋上から空を眺めることが多いのですが、昨日も屋上に出て空を見上げました。

2018/ 9/ 6 5:52

 

TVでは「今後1週間は震6強に匹敵する地震が起きる可能性もある」と報じていましたし、空を見上げながら被害が広がらないことを祈るばかりでした。

 

2018年9月6日(木曜日)

山奥ニート

次の記事に目が留まりました。

“山奥ニート”の生活 限界集落に移住した若者たち

 

上記事は、次の文面から始まっていました。

和歌山県田辺市の山奥で共同生活をする若者たちがいます。彼らはかつて引きこもりだったり社会になじめなかったり、様々な事情を抱え田舎暮らしに居場所を見出そうとしています。

 

「ニート」について、wikipediaには次の記載があります。

ニート(イギリス英語: Not in Education, Employment or Training, NEET)とは、就学・就労・職業訓練のいずれも行っていないことを意味する用語である。日本では、15〜34歳までの非労働力人口のうち通学・家事を行っていない者を指しており、「若年無業者」と呼称している

 

自称「山奥ニート」という若者たちは廃校となった小学校に住み、自由気ままな生活をしていると記事にありました。

和歌山県田辺市の山間部にある五味地区。廃校となった小学校の校舎が彼らの住居です。引きこもりの人を支援するNPO法人が運営する場所で、現在は10代から30代の男女17人が生活しています。1か月に1人1万8000円を集めて食費や光熱費を賄っていて、住人らはお金が足りなくなればキャンプ場や旅館でアルバイトをしています。

 

地元の人たちは「山奥ニート」の彼らを歓迎しているそうで、次のように書かれていました。

地元は彼らを歓迎しています。集落には地元住民はわずか7人しかいません。平均年齢も82歳と高齢化しているため、若い力が頼られています。

「ここは限界集落なので若い人が来てくれると心丈夫。草刈りをお願いしたり、困ったことがあると手伝ってもらっている」(地元の人・76歳)

 

記事の最後に「山奥ニート」の一人である石井さんという男性が言った次の言葉が書かれていましたが、一般社会になじめない人たちと高齢者との共生も社会の形の一つではないかと私は記事を読んで思いました。

バリバリ働きたい人は働けばいいけど、全員が全員働けるわけではない。そういう人の居場所は必要だと思う。

 

2018年9月5日(水曜日)

若年性認知症

身内の認知症を介護した経験を持つ私は、自分も認知症になるかもしれないという不安を拭い去れず、ブログにもそのことを何度か投稿していますが、先日、気になるページを見つけました。

 

それは、39歳で若年性アルツハイマー認知症と診断された丹野智文さんという方が公開している記事です。

僕、認知症です~丹野智文44歳のノート

 

上記事はyomiDr.の中にあり、私は別の記事を探していた際に目に留まりました。

記事はコラム式になっていて、一番最初の2017年6月23日に次の言葉がありました。

「認知症になったら、何も分からなくなるのかと思っていたけど、それは間違いだった。認知症はただ恐ろしいだけの病気ではない」

 

丹野智文さんが若年性アルツハイマー認知症の診断を受けたのが39歳の時、そしてコラムを始めたのが43歳と書かれているので、きっとその4年の間に様々な葛藤があり、↑の言葉に行きついたのではないかと私は察しました。

診断からコラムを始めるまでの経緯はコラムを読むごとに書かれていたりしますが、文面ではさらっと書かれていても、私は言葉の重みを感じながら読んでいます。

 

読みながらいろいろ考えさせられますし、まだ進行中のコラムなので、これからも購読したいと思っています。

 

2018年9月4日(火曜日)

白杖のこと

次の記事に目が留まりました 。

白杖を使う父、心無い言葉に「もう慣れた」と笑うが息子は黙っていられなかった

 

恥ずかしいことに、私は上記事を読むまで半盲の方も白杖を使っている事を知りませんでした。

そのため、

半分見えていないだけで他は見えているので白杖で道を探ったりせず、ただ持って歩いているだけという方も中にはいます。

というような方を見かけたことがありましたが、状況を理解していませんでした。

 

上記事には次の文面がありました。私も心に留めるつもりです。

もしそんな不思議な方をみかけたら、皆さんに少しだけ気をつけてほしいことがあります。そういう方を見かけたら、「この人はどこか見えない部分があるんだな」と思ってください。
何もしなくても、思っていただけるだけで構いません。
そして少しだけ、人混みぶつからないようにする程度でいいので、意識してみてください。

 

この際と思い、白杖について他のページも探してみたところ、wikipedia白杖SOSという記載があったのでリンク先を見たところ、次のように書かれていました。

白杖SOS(はくじょうSOS)とは、視覚障害者が歩行中、迷子となった際に、周囲に援助を求めるためのポーズ。白杖を頭上50cm程度に掲げる

これも心に留めておこうと思います。

 

wikipediaには白杖を持つ人への配慮として、次の記載がありました。

白杖を持つ人が、常に手助けを必要としているとは必ずしもいえない。したがって、白杖を持つ人を見かけた時は、まず、白杖を持つ人や周辺に危険がないかを見守る。

2018年9月3日(月曜日)

当たり前のこと

↓は以前投稿した「当たり前」とは違った意味での当たり前について書かれています。

だいぶ前の記事なのですが、読み返そうと思ってブックマークしておいたものです。

北野武、世の男へメッセージ「人のせいにするな、“当たり前のこと”をやれ」

 

上記事は北野武さんのインタビュー記事なのですが、彼の言葉の中に「私にとって心に留めておくべき」と思った言葉があり、雑務に追われる日々の中で忘れてしまいがちなので、ブックマークしておいたのです。

 

それは、文末の次の箇所でした。

「実力をつけるためには…努力しているって、自分で感じているうちはダメだと思うよ。人から“よく努力していますね”って言われても、俺は『馬鹿なこと言うなよ』って思っちゃうよね。自分では努力しているとはまったく思ってないんだから。後から考えりゃ、漫才のノートはいつも持ち歩いて何かあるとすぐ書き込んでたし、それを人が見りゃ努力に見えるかもしれない。でも、ごはん食べたり水飲むのと同じようにギャグを考えていただけだ。それを努力というのはおかしな話でね。今の若手はそれもせずに「どうして…」っていうから。言葉としては「努力しろよ」って言う場合もあるけど、それは努力じゃなくて“当たり前のこと”をやっていないだけなんだよね」

 

「努力してる」と思っているうちはダメ、それが「当たり前」に習慣のようにならなければ本物ではないということなのですよね。

その「当たり前」の積み重ねが結果になるのでしょう。

 

「当たり前」のことは無意識のうちに過ぎてゆきますから、まだ意識しているうちは当たり前ではないのかもしれません。

さすが「世界のキタノ」と言われる人の言葉だと思いました。

 


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