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2018年4月1日(日曜日)

がん保険CM出演の山下弘子さん

多くのメディアで報じていましたから、ご存じの方が多いかと思います。

がん保険CM出演の山下弘子さんが死去、夫が伝える

 

昨日、医療従事者向けのサイトにあった山下弘子さんと親しかったという医師(総合南東北病院の中山祐次郎さん)の記事が目に留まり、その記事を読んで、闘病体験者として思うところがありました。

 

一般の方は読めないと思いますので、部分的に転記したいと思います。

まず、医師は次のように記しています。

山下弘子さんは、私の数年来の友人です。私は彼女の癌との闘いを間近で見ておりました。妹のように親しくしていて、ほぼ毎週、連絡を取り合っていたのです。彼女は約6年の闘病期間を経て、3月25日に亡くなりました。

 

山下弘子さんと医師との出会いが次のように記されていました。

弘子さんと初めて出会ったのは、ある女友達が私に「富士山に登らない?」と誘ってきた時でした。女友達は、「弘子が富士山に登りたがっているので、一緒に登ってくれる医者を探している」とのことでした。弘子さんが肝臓癌に罹患し、今も化学療法中であると聞いた私は、非常に悩みました。そんな病人と富士山登山なんて大丈夫なのだろうか。もし登山中になにかあったら責任は取れるのか。そもそも、そんな人が登っていいのだろうか…。

 

登山に付き添ったことがきっかけで医師と山下弘子さんは親しくなり、その後も連絡を取り合っていたそうですが、私が思うところがあったのは次の箇所でした。

様々な治療に挑戦し、重い副作用にも立ち向かっていた山下弘子さんがあるとき漏らした言葉に対しての医師の返答です。

「ねえ、私どこまで頑張らなきゃならないのかな」

そう言う彼女に一度だけ、私は言いました。

「辞めてもいいよ。死んじゃっても、いいんだよ。俺は怒らない」

医者としてあるまじきこの言葉に、しかし彼女はずいぶん安らいだようでした。頑張れ、頑張れの周りからの大号令は、彼女を励ます反面、時に苦しめてもいたのだと私は思います。

 

回復の光が見えない患者としての思い、それに対しての医師の言葉、10年以上の長い闘病生活の中、真っ暗なトンネルの中で出口が見えないような状況を体験した私には、二人の思いが痛い伝わりました。

 

医師は記事の中で次のように記しています。

彼女が亡くなってしまったいま。

私は深い悲しみに包まれながらも、どこか安堵を感じています。ひどいもんです。

 

これは、山下弘子さんを理解していた医師の本音だと思います。

このように思ってくれる医師と知り合った山下弘子さんは、ある意味、幸せな患者さんだったのではないかと私は思いました。

 

ご冥福をお祈りしたいと思います。

 


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