霊柩車に見る葬儀事情

ホントに、最近は和風の霊柩車は見ないですね。

そういえば最近、和風の霊柩車を見かけない… 多様化、簡素化する現代儀事情

 

上記事には、次のように書かれています。

宮型霊柩車といっても、金箔で装飾された派手なタイプもあれば、龍が大胆に彫刻されたダイナミックなデザイン、また白木を基調としたスッキリとした意匠までさまざま。しかし、そこにどんなに美しく装飾が施されていても遺体が乗せられ運ばれる車であることは、誰の目から見ても明らか。特に火葬場や葬儀式場近郊で暮らす住民にとって、そういった光景を目の当たりにすることに抵抗のある人も少なくありません。

そのような世相を反映し、宮型霊柩車の入場を規制する火葬場が急増しました。また葬儀式場が建設される際、近隣住民との間で「宮型霊柩車は使用しない」という約束を取り交わすケースもあり、宮型は堂々と街中を走ることができる環境ではなくなりました。

 

宮型霊柩車の入場を規制する火葬場が急増とは、世相の反映の影響力に驚きを感じました。

 

地域コミュニティが希薄化し、亡くなる人の高齢化もあって、葬儀は身内だけで送る家族葬や、火葬のみで済ます直葬(ちょくそう)が増え、華美を敬遠し、シンプルに送りたいという人が増えたためでしょうか。祭壇や棺の簡素化と同様、霊柩車にも簡素化の影響が出てきます。

という事情も理解できます。

ただ、

「遺骨を持ち帰りたくない。火葬場で引き取ってもらいたい」という遺族もいる

というような場合もあることには、何とも言葉が見つかりませんでした。

 

締めの次の文面が心に残りました。

弔いとは何か、そして有史以来、脈々と全世界で弔いの作業が行われているのはなぜかということを、改めて考えていくことが大切なのではないかと感じています。

 

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