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  カテゴリー ‘地震’ のアーカイブ

2019年11月7日(木曜日)

東京は危ない都市?

次のタイトルが目に入り、気になって読んでみました。

東京が「世界一危ない都市」と断定されたワケ

 

読んだところ、タイトルの意図は次の文面に集約されるものでした。

英エコノミスト誌の関係会社、EIU社が発表しているSafe Cities Index(安全都市指数)という調査がある。

この調査の2019年版では、3年連続で東京が「世界で最も安全な都市」に輝いている 。「サイバーセキュリティ」で1位、「医療・健康環境」で2位、「インフラの安全性」で4位、「個人の安全性」で4位、総合スコアでは堂々の1位である。この調査、大阪も第3位に入っており、なるほど「日本は安全な国」との印象である。

ところが英保険組織のロイズが、ケンブリッジ大学と共同で行っている都市リスクの指標もある。こちらは紛争や災害の脅威を試算しているのだが、この都市ランキングでは東京が第1位、大阪が第6位となっている 。損害保険という「危険を買う仕事」の人たちの眼には、「東京や大阪は危なっかしい」と見えているらしい。

 

タイトルにはドキッとさせられましたが、上記を読んで納得させられた思いがしています。

 

そして、出たランキングが次だそうです。

安全な都市ランキング(英EIU) 
1位 東京 
2位 シンガポール 
3位 大阪 
4位 アムステルダム 
5位 シドニー 
6位 トロント 
7位 ワシントンDC 
8位 コペンハーゲン 
9位 ソウル 
10位 メルボルン 

 脅威リスク都市ランキング(英ロイズ)
1位 東京
2位 ニューヨーク
3位 マニラ
4位 台北
5位 イスタンブール
6位 大阪
7位 ロサンゼルス
8位 上海
9位 ロンドン
10位バグダッド

 

記事には他に保険金のことや競馬の話などがありましたが、政府はもちろんのこと、私たち一人一人がますます甚大化が予測される自然災害への防備について、認識を新たにする必要があるのではないかと思わせられた記事でした。

 

2019年4月21日(日曜日)

10年前の切手で身元判明

昨日、次の記事を読みました。

「親戚では」 10年前の切手にDNA、遺体の身元判明

 

記事の冒頭に次が記されていました。

宮城県警は19日、東日本大震災の後に同県石巻市の海上で見つかった遺体の身元が、同県女川町女川浜の平塚真澄さん(当時60)と判明したと発表した。平塚さんが生前に出した手紙の切手についていた唾液(だえき)と、遺体のDNA型が合致した。

 

また、次がありました。

2009年5月の消印があった封筒に貼られた切手から平塚さんの唾液を採取。遺体のDNA型と合致したため、身元の確認ができたという。

 

震災から8年が過ぎましたが、記事にもまだ9体の身元不明遺体が残っていると記されていました。

記事を読み、10年前の切手から身元が判明したことに驚くとともに、他の身元不明遺体の身元が判明することを祈らずにはいられませんでした。

 

2019年3月11日(月曜日)

あの日から8年

東日本大震災から8年目の今日を、皆さまはどのような思いを持って迎えていらっしゃるでしょうか。

 

私自身は被災者ではないですが、あの日のことは絶対に忘れてはならないと思い続けています。

 

震災から8年目の3月11日が近づくにつれて様々な報道を目にしましたが、その中でも次の記事が私の心に深く残りました。

原発周辺、半数以上「帰還せず」

東京電力福島第1原発事故で避難指示が出た双葉、浪江、富岡3町で、40代以下の住民の半数以上が帰還しない意向を示していることが復興庁などの調査で9日、分かった。働き盛りの世代が戻らなければ地域の復興に大きな影響が出るとみられ、各町は生活環境の整備を進めている。だが、避難先で生活基盤を固めた世帯も多く、呼び戻すのは容易ではなさそうだ。

2017年に避難指示が一部解除された富岡町、浪江町は傾向が似ており、20代以下、30代では「帰還しない」が60%を超えた。第1原発が立地し全域避難が続く双葉町では年代を問わず「帰還しない」が多く、全体で61.5%だった。

 

震災があって、それまでとは全く異なった生活環境を強いられた方が多くいらっしゃいます。

そして、8年。

生活の基盤が変わってしまった方々も多くいらっしゃることでしょう。

 

被災県の中でも、原発事故にあった福島県が抱えるのは重い問題だと思います。

 

平成31年3月8日付けの警視庁広報資料には、震災によって亡くなられた方々は15897人、未だに行方不明の方々が2533人と記されていました。

 

震災によって、私にはいくつかの気づきがありました。

8年目の3月11日の今日は、それらに思いを馳せながら過ごすつもりです。

 

2019年3月8日(金曜日)

福島のDASH村

今年も3月11日が近づいてきましたね。

「もう8年」、「まだ8年」、人それぞれ違った思いを持って8年目の3月11日を迎えるのではないかと思います。

 

昨日、次の記事が目に留まりました。

DASH村の今「思いかけ離れていく」提供者の叫び

 

記事の冒頭に次が記されていました。

平成23年(2011)3月11日に発生した東日本大震災、福島第1原発事故から間もなく8年。復興は進んでいるが、福島には今なお名古屋市とほぼ同じ面積、337平方キロもの帰還困難区域が広がる。人気テレビ番組「ザ!鉄腕!DASH!!」から生まれたDASH村も浪江町の帰還困難区域にある。土地を提供した三瓶宝次さん(82)、漬物名人で「お母さん」として登場した孝子さん(82)夫妻を訪ねた。

 

日曜夜7時の「ザ!鉄腕!DASH!!」をほぼ欠かさず見ている私は、記事が気になって読み進みました。

そして、DASH村の土地提供者である三瓶さん夫妻が、今も定期的にDASH村を見回ってくださっていることを知りました。

 

記事に次が記されていました。

17年12月、(浪江町)津島支所を中心とした国道沿いの約4キロ、137ヘクタールが特定復興再生拠点に指定された。23年3月の避難指示解除を目指し、除染とインフラ整備が進められている。しかし、DASH村など国道から離れた地域は外れた。宝次さんは「一部に復興拠点ができても津島全体を再生するのは不可能。範囲を拡大して10年以内に津島全体の除染を終えるようにしないと、地域が消滅してしまう」と訴え、町に要望書を出した。

 

記事を読みながら、私は胸が詰まるような思いを感じ、「ザ!鉄腕!DASH!!」で放送された震災前の明雄さんとTOKIOのメンバーの場面を思い出しました。

震災があって、明雄さんも亡くなり、8年が経とうとしている今でも浪江町のDASH村は帰宅困難地域のままなのですね。

 

記事の最後に記された三瓶宝次さんの次の言葉が重く心に残りました。

「みんな分散して生活圏が破壊されました。東京の人たちの感覚と被災地の人の思いは時間がたてばたつほど、かけ離れていきます。忘れられてしまうんだろうな」

 

2019年1月18日(金曜日)

24年前の1月17日

昨日は、阪神・淡路大震災から24年目に当たる1月17日でしたね。

 

震災から24年目のことは多くのメディアに取り上げられていましたが、私は次の記事に載せられていた動画に見入ってしまいました。

【映像】24年前、災害現場で患者を「選別」する医師の苦悩…日本で最初のトリアージの映像が残す教訓

 

記事には次のように記されていました。

1995年1月17日午前7時頃
阪神・淡路大震災直後の県立淡路病院の映像です。
医師が自ら回したカメラには、情報がない中、混乱する現場の様子が映し出されていました。

 

動画はトリアージに焦点を当て、阪神・淡路大震災において日本で初めて行われたトリアージ現場にいた医師の苦悩とその後を取り上げていました。

 

記事の最後には、動画に登場している水谷医師の次の言葉が載っていました。

「知らない世代に一番伝えたいことは本当に災害だけはいつくるかわからない。備えていて、突然何も知らないひとが災害医療なんてできるはずがないんですよ。必要最低限災害医療はこんなものですよというのは学校教育を含めて知っとかないといけないと思っていますし、願っています」

 

いろいろなことを考えさせられた動画でした。

 


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