「令」の持つ意味

先日、来月1日から施行される新元号が「令和」と決まったことについての投稿をしましたが、昨日次の記事を読み、「う~~ん」と考えさせられてしまいました。

「令和以外の5つはケチのつけようがない」東大教授が指摘する『令』が抱える3つの問題

 

新元号「令和」を決定する過程で政府が検討した6つの最終案がすべて明らかになったことは、多くのメディアが報じていましたからご存じの方もいらっしゃると思います。

 

上記事ではそれらの元号案にも触れ、その上で歴史学者で東京大学史料編纂所の本郷和人教授が令和の「令」の字への引っかかりとして述べた言葉が次のように記されていました。

『令』は上から下に何か『命令』する時に使う字。国民一人ひとりが自発的に活躍するという説明の趣旨とは異なるのではないかというのが、まずひとつ批判の対象にならざるを得ない。
もうひとつは、『巧言令色鮮し仁』という故事。“口先がうまく、顔色がやわらげて、人を喜ばせ、媚びへつらうことは、仁の心に欠けている”という意味で、この『仁』は儒教で最も大切な概念。今でいう『愛』を意味し、それに一番遠いのが巧言令色だと言っている。そこが引っかかる。
皇太子殿下は日本中世史の研究者で、当然『令旨』という言葉もご存知だと思う。これは皇太子殿下の命令という意味で、天皇の命令ではない。つまり、『令』という字は皇太子と密接な結びつきがあるもので、天皇の密接な関係があるのは『勅』『宣』などの字。(天皇の生前退位で定める)新元号とは少しずれている

 

本郷教授は、上記を踏まえた上で次のように述べたと記されていました。

普通に使うと使役表現となり、中世の人に読ませると『人に命令して仲良くさせる』となる。日本の古典から取ることは何の問題もないと思っているが、どうも自発的な感覚ではなくなってしまう

 

わたしは上記事を読んだ際、安倍総理の顔が脳裏に浮かんでしまい、本郷教授の言葉に妙に納得させられた思いがしました

 

「令」については別の記事でも本郷教授に近い見解を読みましたが、確かにそのようにも捉えられますよね。

 

でも、記事の最後にあった柴田アナウンサーの意見のように、決まってしまったのですからどうしようもないですね。

柴田アナウンサーと同様、私も「どんな元号かよりもどんな時代にしていくかの方が大切かもしれない」と思いました。

 

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