原爆死没者

昨日8月9日は、74年目の長崎原爆の日でしたね。

長崎、74回目の原爆の日 浦上天主堂でミサ

 

上記事に次が記されていました。

この1年で新たに死亡が確認されるなどした3402人の原爆死没者の名簿も奉安される。長崎原爆の死没者は計18万2601人となる。

 

私は上記を知り、74年経っても原爆の影響が続いていることを改めて思い知らされた気がしました。

 

原爆死没者名簿について、wikipediaに次が記されていました。

太平洋戦争末期の1945年8月、広島市と長崎市に投下された原子爆弾とそれに伴う被害によって死亡した者の氏名を名簿に記載し、毎年それぞれの原爆投下日に執り行われる平和祈念式典において奉納されるものである。
広島市では1952年に57902人を奉納したのを最初に、広島平和記念公園内の原爆死没者慰霊碑(広島平和都市記念碑)に奉納されている。被爆者健康手帳を所有している場合は、手帳の返還などの手続きを行った場合など死亡が確認された時に記載されることになり、被爆者健康手帳を所有していなくても遺族からの申し出があった場合は記載される事になる。
長崎市では1968年より行われ、平和公園の平和祈念像に奉納されていたが、現在は国立長崎原爆死没者追悼平和祈念館に奉納されている(平和祈念像にはマイクロフィルムが収められている)。名簿には遺族の申し出があった場合に記載することになっている。

 

先日、広島原爆の日のことについての投稿をしましたが、上記wikipediaには広島と長崎の名簿登載者数として次がありました。

広島市は2017年風通し時、長崎市は2016年被爆71周年長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典の人数及び冊数。

広島市 31万4118人 111冊
長崎市 17万2230人 174冊

 

広島も長崎も原爆投下時には多くの方々が亡くなり(1945年の年末までに広島では14万人、長崎では7万人以上)、74年経っても名簿には多くの死没者が登載され続けているという現実に、今まで以上に原爆の恐ろしさを感じました。

 

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