日本国民としての責任

次の記事を読みました。

3月14日が全て。国民が新型コロナの警戒を緩めた安倍首相の言葉

 

記事の筆者は、専門家の意見を引きながら、これから政府が最も力を入れるべきことを考察しています。

 

記事には、2009年の新型インフルエンザ発生時に東京都福祉保健局技監(医系トップ)として活動した経験がある桜山豊夫医師の見解として、次がありました。

イタリアはいま山場を迎えている…日本について言えば、感染爆発が起こらなければ、小池知事が言っていた『重大局面』がずっと続いていくことになります。…外国から日本に入国してくる人たちはいます。永続的に外国への渡航を止めることはできません。要するに、日本は感染を抑えているがために、なかなか終息に至らないともいえます。とはいえ、感染爆発を抑えなければ、医療崩壊を招いてしまいます。とても難しい局面なのです。

 

そして、筆者は次を記していました。

桜山氏は「感染爆発への悲観論」と「みんなが予防行動を取ることで長い付き合いになるという悲観論」があると指摘する。

 

私は上記の二つの悲観論から、一人の国民として責任を背負わされたような思いになりました。

 

また、記事には桜山氏の見解として次がありました。

この疾患の場合、終息するのは、最終的に集団免疫を獲得していくしかないと思います。

 

上記に対し、筆者は次のように書いています。

数理疫学の推測によれば、国民の6割が感染し免疫を獲得することで、人から人への伝染がおこりにくくなるといわれる。それが集団免疫だが、日本人の6割が感染する、いや地球人類の6割が感染する日なんて、いったい、いつのことなんだと、途方に暮れてしまう。ほんとうに、東京でオリンピックができるのだろうか。

 

また、記事には次がありました。

山中伸弥教授は情報発信サイトにこう書いている。

「新型コロナウイルスを制圧することはもはや困難です。受け入れるしかないと私は思います。社会崩壊も、医療崩壊も起こらない形で、ゆっくりと受け入れる必要があります」

 

記事は次の文面で終わっていますが、

ベッド数、人工呼吸器はもちろん、防護服やマスクさえ足りず、病院のスタッフが少なく疲弊している現状を改善しない限り、山中教授の「社会崩壊も、医療崩壊も起こらない形」の実現は不可能だ。

なんとか東京オリンピック開催にたどり着いたとしても、大勢の旅行者が来日したあとに、感染爆発が起こりうる。それでも、医療はゆるぎないという態勢。これから政府が最も力を入れなければならないのは、そこだろう。

 

記事では政府の舵取りの重要性を指摘していて、その舵の方向が私たち国民の命と生活を左右することになるのですが、この危機を乗り越えるには国民一人一人の自覚と責任ある行動が伴ってこそだと改めて痛感しました。

 

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