以前の次の投稿に登場するおばあさんの行動がエスカレートしています。

自動販売機やコインパーキングのつり銭漁りはまだ続いていますが、それらに加えて、最近では集合住宅等のゴミ集積場の蓋を開けてゴミが入った袋を取り出し、ビニル袋の上から中身を確認しているような仕草をしています。↓のゴミ箱はイメージです。

それを見たのは、早朝のウォーキング時でした。
10mくらい離れたところでおばあさんに気づいて、いつも私はその場所を通るため、その日もその場所に近づいて行ったのですが、その日はおばあさんは一つ一つゴミ袋を確認(?)するような仕草をして、確認が済むとビニル袋をゴミ箱に戻していました。
おばあさんが何をしようとしてゴミを確認していたのはわかりませんが、私と一人の男性がおばあさんの横を通ってもおばあさんは気にならない様子でゴミの確認を続けていました。
以前の投稿にも書きましたが、おばあさんは私と同じくらいの年代なのではないかと私は見ています。
服装は派手で、それがお気に入りのようです。
私にはどう見てもおばあさんがお金に困っているようには見えないため、おばあさんの行動には大きな疑問を持ち続けています。
羞恥心が消えてしまったおばあさんのことが病気なのかと思ったりもしましたが、先日、次のページを見つけました。

上ページに次が書かれていました。
定年などで職場を離れる、配偶者や友人の死、身体的衰えによる活動範囲の狭まり、郊外での1人暮らしで他人との交流がなくなる…こうして、それまでの人生において、ずっと自分の言動の選択基準となってきた世間がなくなっていきます。「空気」を読もうにも読む「空気」がありません。
要するに、日本人は世間を失うとタガが外れやすくなるのです。高齢になると世間を失いがちなので、マナーの悪い人が増えてくるのだと思います。従って、さまざまな活動や交流がある環境にいて、世間を感じている高齢者に、マナーの問題は起こりにくいのです。
上記を読み、私はおばあさんが世間を失ってしまったのかもしれないと思いました。
同じ年代であろうと思えるおばあさんの行動が目に入ると、私は胸が苦しくなる思いがします。
世間というものは楽しいばかりではなく煩わしいことも時にはありますが、私は世間を持っているほうが良い人生を送れるのではないかと思っています。
おばあさんが一人暮らしかどうかもわかりませんし、寂しそうにも見えないので余計なお節介でしょうが、おばあさんには人とのつながりの中に世間を持ってほしいと願わずにはいられません。
