キレる高齢者

私は薬局を開ける前に買い物に出かけることがあり、今朝もそうだったのですが、スーパーの開店5分前にその店頭で怒っているおばあさんたちに遭遇しました。

そこには数人のおばあさんがいて、「客が待ってるのになぜ開けないんだ」「中の店員は馬鹿じゃないか」と言っている声が聞こえました。

私が営業する薬局でも開店時間が決まっていますし、スーパー等でも開店時間は守られているという認識の私は、時間まで待つのが当たり前と思っているため、おばあさんたちの言い分は自己中心的としか思えませんでした。

帰宅後、「なぜ高齢になると(私もその一人ですが)自己中心になりやすいのか」と思いながらネット検索したところ、次のページを見つけました。

日本の高齢者は、なぜこうも「不機嫌」なのか
世界中に「怒り」が蔓延する中で、特に最近、日本で話題になるのが、キレる高齢者だ。駅や病院などでの暴力、暴言、犯罪などが取りざたされ、高齢者に対する若い世代の反感の声が強まっている。まさに、世代間闘争…

記事を読み、日本と異なり欧米では、「年を取ると、より性格が穏やかになり、優しくなる」ということを初めて知りました。

上記について、記事には次が書かれていました。

年を取れば幸福になるという傾向について、英『エコノミスト』誌は「年を取るほど、争いごとが少なく、争いごとに対するより良い解決法を出せる。感情をコントロールすることができ、怒りっぽくなくなる。死が近づくと、長期的なゴールを気にしなくてよくなり、今を生きることが上手になる」と分析しているが、なぜ、こうした現象が日本では起きないのか。

そして、日本の高齢者の声として次が紹介されていました。

「暇なんだ」「話し相手が欲しい」「自分にイライラしている」「私たちは一生懸命働き、そのおかげで日本は先進国入りをし、東京オリンピックまでやれた。お国のために働き続けてきた私たちの言動を大目に見てほしい」「昔のように3世代が一緒に暮らすことも、お寺で法話を聞いた後に他の信者と会話を楽しむことも少なくなった。人生に対する不安や不満を誰も本気で聞いてくれない。老年期は寂寥(せきりょう)感がつのるばかり」などといった声が集まった。

記事の最後に次の文面がありましたが、高齢になるとキレやすくなる原因は単純なことではなく、社会全体で考えるべきことだという思いになりました。

キレる高齢者が増えている、というが、それは社会全体に高齢者が増えたからそう見えるという側面はあるだろうし、単に、年を取れば、気が短く怒りっぽくなるからということで片づけられるものでもない。そうした意味で、高齢者を疎外したり、単に批判したりしても、何ら問題は解決しないし、今若くても、誰もがいつか同じように自らの成功体験をひけらかす頑固で怒りっぽい高齢者になるかもしれないのだ。

高齢者の承認欲求という渇望を満たすためには、新たな顕彰のシステムやコミュニティづくりのアイデアも必要だろう。また、世代間、さらに高齢者同士のコミュニケーションが、質量ともに絶対的に不足している。声をかける。あいさつをする。感謝をする。褒める――。何げない言葉がけや会話から、お互いをハッピーにするきっかけは生まれてくるはずだ。

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